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元朝秘史秘史秘史【「元朝秘史秘史」プレー記録集】

後編・凱旋と反逆者

当サイトで用いているカクカクの世界地図の配色ですが、ゲーム中でのそれとは異なったものが多くあります。

単色ベタ塗り(例:緑[ジャダラン族・ラテン帝国]水色[トマット族・西夏])はそのままの色ですが、色数制限のためドットパターンによって濃淡・混色を表しているものは手を加えてあります。私はWindows付属の「ペイント」で作成しているので、柄ものは再現しづらいです。

第1国の色は、モニターをよく見てみると、黄色市松模様になっています(拡大図:第1国の本来の色・拡大図)。なので、私はRGB比での緑(48,136,48)と黄色(255,184,143)を平均したオリーブ色(152,160,96)で塗りつぶしています。

オイラート族やホラズム帝国のもの(第1国の本来の色・拡大図)は、緑が1・黄色が3の割合で使われているので、(緑×1+黄色×3)/4でうす茶色(203,172,119)なんて風な色にしています。

しかし、作っておいてなんですが、今あげた色をこうして並べてみた所で、違和感を覚えずにはいられません。人間の目って面白いですね。

■目次

■ハインリヒ6世の足跡

1202年〜、世界征服まで

残すところ10ヶ国。私の図ではちょっとわかりづらくなってしまったんですが、若干濃い目のピンクがポーランド薄めのがスペイン諸王朝です。鎌倉幕府ビザンツ帝国が残ってなくて良かった…

1202年(冬)の世界
国名国名国名国名
 ポーランド王国 神聖ローマ帝国 カペー朝 スペイン諸王朝
 ドイツ騎士団領 

我が神聖ローマ帝国の領土には、以下の面々を配置しています。

国No.国名領主名政治体力文化備考
モンゴル高原チウバート13西欧キャンセル将軍
ジュンガリアストスタン西欧キャンセル将軍
キプチャクジーベスト西欧キャンセル将軍
遼東トーヌベスト14西欧キャンセル将軍
華北朱熹中国史実将軍
甘粛ブシソバート14西欧キャンセル将軍
高昌ヤラワチ14イスラム史実将軍
トルキスタンソケム14中央アジア史実将軍
チベットチンハイ10中央アジア史実将軍
10朝鮮半島李奎報11中国史実将軍
11日本シュヴァーベン公11西欧親族・史実将軍
12華南ギヤメトゥス西欧キャンセル将軍
13安南サンギェー13中央アジア史実将軍
14ビルマプリトビラージャ13インド史実将軍
16シリアティゼスタン12西欧キャンセル将軍
17マグリブアル・アシール12イスラム史実将軍
18エジプトヤークート10イスラム史実将軍
19アラビアギタユバート13西欧キャンセル将軍
20ペルシアアイバク15イスラム史実将軍
21パンジャブツムヌトゥス西欧キャンセル将軍
22ヒンドスタンマートゥス14西欧キャンセル将軍
23南インドムカリ14モンゴル史実将軍
33イベリアハインリヒ6世本国

確認はしていませんが、朱熹の体力が表記より減っていたと思われます。


現時点での金欠飽食国(食糧収入のみ割り当てた国、前編参照)は下図の灰地の国です。

1202年(冬)のビンボーな国

‘00年冬にヤラワチを高昌領主に就かせたので、かの地もめでたく(?)ビンボーになりました。


地中海を時計回りに来た神聖ローマ帝国。ヨーロッパを貫くスペイン諸王朝との戦い。フランス(vs4部隊)・イギリス(11部隊)、移動を挟んでイタリア(7部隊)での戦いはいずれも伏兵の出番はなく、チンギス・ハーンがガンガン押して撃破。

この戦いのさなか、‘03年を迎えた直後にトルキスタンでソケムが独立。ワデノヨエト王国の創始者となった。翌年春にはキプチャクが奪われてしまった。ただ、キプチャクが敵領となったので、一筆書きで進撃できるのは嬉しかったり…

反乱は更にもう1つ。‘04年の夏にムカリがゲトタ帝国樹立。大ショック。

【1204年夏・vsカペー朝(本国) ドイツの戦い】
 攻勢(7部隊)守勢(11部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)蒙古3フィリップ2世(王)長槍1、
長弓1、騎士2
チンギス・ハーン蒙古4チーベスト長槍4
 ツリタベスト弩弓1、長槍2
1204年夏・ドイツ説明図

まず右図上部。伏兵していない敵第3軍団を伏兵に引っ掛ける。同じ第1軍団から2マスの距離でも、真横のマスではなく、斜め上のマスに囮を置いておくのがポイント。

真横のマスに囮を配置すると、下の図のように直接アタックしてくることが考えられるので注意。
1204年夏・ドイツ説明図2


次に中部。伏兵中の第2軍団を引きずり出すために河川マスに入る。第2軍団は移動に機動力を費やすので、囮役との戦闘は起こらずに済む。


最後に下部のように誘導して撃破。


こうしてドイツを取り戻したものの、翌ターンに朱熹死亡。華北の新領主にジュバイルを任ずる。これが嫌だってわけじゃないだろうけど、第1国:モンゴル高原のチウバートが独立(国名はジーナ朝)。伸張してきてからなんだってんだオマエら。


【1204年秋・vsドイツ騎士団領(領国) ポーランドの戦い】
 攻勢(7部隊)守勢(14部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)蒙古3ニタズシオス(領)騎士4
チンギス・ハーン蒙古4エヤスラフ騎士4
 キハスキ重歩2、
長槍1、長弓1
 ダワフスキ重歩1、弩弓1
1204年秋・ポーランド説明図

第3軍団は右図上部のようにして撃破できた。第4軍団も同様に…とはいけず、ウダウダしていたら中部のように森で立ち止まり、伏兵されてしまった。仕方がないので下部のようにして普通に野戦。



翌年春には、12部隊が守るバルト海東岸を攻略。戦場マップでいえば、第1軍団が城Cにこもったので、仕方なく混乱覚悟でぶつかるハメに。ともあれこれでドイツ騎士団領を滅亡させる。

次の夏ターン、こちらに回る前にルーシのポーランド軍が攻め寄せてきた。

【1205年夏・vsポーランド王国 バルト海東岸防衛戦】
 守勢(7部隊)攻勢(11部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)蒙古3ルジヒトリ(政)長槍2、
長弓1、騎士1
チンギス・ハーン蒙古4ボサハシオス長槍4
 ベモトリ重歩1、長槍2
1205年夏・バルト海東岸説明図

攻め寄せる敵軍を伏兵で撃破。ハインリヒはのほほんと留守番。


退治し終わり、速攻でルーシに殴りこみ。さぞかし減っているのかと思いきや、5部隊も残っていた。これが残しておいた部隊なのか、敗報を受けて雇用しなおしたのか、ということはわからんけれども、サクッと倒して次へ。

【1205年秋・vsポーランド王国(本国) ハンガリーの戦い】
 攻勢(7部隊)守勢(17部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)蒙古3レユスラフ(王)長弓4
チンギス・ハーン蒙古4サチドロス長槍3、長弓1
 ガモシオス重歩1、
長槍2、弩弓1
 ラホトスキ投石4
 ベニシスラフ投石1

17部隊という大所帯にチビりそうになるも、その中身はというと下位兵科ばっかし。3〜5軍団は普通に壊滅させる。

1205年秋・ハンガリー説明図

伏兵中の第2軍団に対しては、先のドイツでの戦いと同じように、まずは表に引っ張り出す。

その後時計回りに迂回し、ハインリヒは囮として南に、チンギスは森にすべり込み伏兵。


これで全33国をまわり終えた。すなわち、全33国が金銭収入の見込みがない配分となるということ。もうどこを取られようが、どこで独立されようがお構いなし。いや、さすがにブリテン島やインドシナ半島は行くの面倒くさいけど…


冬ターンが巡り、バルカンに遠征。スペイン諸王朝軍は1部隊のみ。逃げられる。お返しとばかりに彼らはジュンガリアに手を伸ばした。領地は差し引き0になってしまったけど、これは悪くない。

1206年(春)の世界
国名国王備考
 神聖ローマ帝国ハインリヒ6世プレー国
 スペイン諸王朝ネオートゥス架空将軍。1192年には既にいた
 ワデノヨエト王国ソケム史実将軍(裏切り者)
 ゲトタ帝国ムカリ史実将軍(裏切り者)
 ジーナ朝チウバート架空将軍(裏切り者)

このように、ジーナ朝まで一本道で攻められるようになったのが嬉しい。ムカリに対してはトルキスタンで二手に分かれるつもり。


この機を逃さないためにも小アジア→キプチャク→トルキスタンと一気に進む。進んだらムカリが近づいてきた。

1206年(冬)の世界
国名国王備考
 神聖ローマ帝国ハインリヒ6世プレー国
 スペイン諸王朝ネオートゥス架空将軍。政治Eなので泳がせる
 ゲトタ帝国ムカリ史実将軍(裏切り者)
 ジーナ朝チウバート架空将軍(裏切り者)

ムカリにはチンギスを。蒙古騎兵を3部隊与えて遠征。ムカリは処刑。問題はいつチンギスが裏切るか。ビクビクしながらハインリヒはジュンガリア行。

ジュンガリアを落とし、チンギスに南インドへの遠征指示を出した上でモンゴル攻め(無血開城)。戦い終わってチンギス曰く「申し訳ございません…」という反抗メッセージ。仕方がないのでさきのモンゴル遠征で拾ってきた架空将軍ビネガイ(EBCE10・23)をチンギスと入れ替え、ふたたび遠征指示。今度は言うこと聞いて世界統一達成!

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