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元朝秘史秘史秘史【「元朝秘史秘史」プレー記録集】

前編・騎士よさらば

PC版ユーザーシナリオについて」のページで作成した、1185年スタート・モンゴル帝国のデータで開始します。

コンシューマ版の「シナリオ4:世界帝国への道」と異なる点は、モンゴル帝国がビンボーなのと、ボルテら4人の史実后が出てこないところです。后達が出ないのは少し寂しいですが、それよりも大きいのはモンゴルがやられやすくなる、すなわちチンギス・ハーンとムカリがいなくなる可能性が高いことです。

■目次

■ハインリヒ6世の足跡

世界制覇に向けての準備

戦いに勝つためには、「強い兵科を手に入れる」ことが肝要です。

このゲームにおける最強の兵科といえば、万能選手の蒙古騎兵。そこで、蒙古騎兵を調達するため、第29国:ドイツから第1国:モンゴル高原の奪取を目指すことにします。


7部隊用意するつもりです。部隊数が少ない方が何かと便利です。

部隊数が多ければ多いほど兵質の向上に手間が掛かり、また、定期支出もかさんできます(「各収支計算」のページを参照)。

さらに、攻め落とした地でモラル値が低かった場合、離反・謀反を防ぐために施しを与える必要も出てきます。駐留する部隊数がモラル上昇値に影響します(「内政に関して」の「ケチケチモラル値上昇法」の項を参照)。


では、どうして部隊かというと、これも理由があります。

逃げられる領地を持った国家と戦争した場合、行軍フェイズにおけるCOMの思考は、2倍以上の敵と対峙すると逃げ出すように設定されています。

COM国家の第2軍団以下を撃破していき、残すところ国王/領主の第1軍団(4部隊)のみになったとき、こちらが7部隊であることが活きてきます。

7部隊の理由はもう1つ。国王:ハインリヒ6世の戦闘関連パラメータです。コーエー社が彼に与えたパラメータは戦闘B・指揮Cです。少し物足りなさを感じます。

役割分担の例

私は、どこかで戦闘に長けた将軍を捕まえ、そいつに4部隊を、ハインリヒに3部隊を率いさせるつもりです。

4部隊の“プロ”が常に戦い、兵が減ったらハインリヒを隣接させ、「軍団編成」で温存していた部隊と交換。そのためのハインリヒの3部隊、言い換えれば1部隊の空きを持たせた構成にしようと思います。


1185年〜1187年、小アジアへ

ハインリヒ6世への譲位を成し遂げ、本当はすぐにでもモンゴル高原へ進みたいところですが、(ほぼ)初期状態の兵力では心もとないです。そこで、まずはイタリアに略奪。金5000ほどを得て長槍兵を10部隊徴兵し、第29国:ドイツの保有部隊数は20に膨れ上がりました。

玉突き国盗り

このとき、私にとって都合のいい展開が巡って来ました。この頃の、周辺国の構成が右図です。

1185年の冬に、ビザンツが小アジアを征服しました。そうなるとバルカンが手薄になります。そこを両シチリアが突いてきました。

そのすぐ後にターンが回ってきたのが我が神聖ローマ帝国。すかさず南へ20部隊で攻めると、留守居の領主(3部隊)は尻尾を巻いて逃げていきました。労せずにイタリアを奪取できました。


ただ、イタリアを攻め取っても、モンゴル高原への近道にはなりません。たまたま状況が上のようになったのでそれを利用したまでですが、本当は物量作戦でこの地を奪取するつもりでした。イタリアにこだわる理由は2つあります。

1つは、モンゴルに攻め入るのにもそれなりの陣容を整えておきたいからです。ルーシを通るルートではなく小アジアを経由して行きたい、すなわち軽弓騎兵を徴兵しておきたいからです。

2つ目はイタリアの弱体化です。モンゴル高原まで到達するまでには幾つかの国を攻め取って進むことになります。攻め取った国々は後生大事にしておく訳ではありません。ただ、何もせず捨て置くよりも、ビンボーな状態にしておけば後々取り戻しやすくなります。イタリアは攻めづらいマップです。

攻め取った国々には、住民配分を以下のように変更しておくつもりです。

文化・気候区分農産品畜産品特産品街造り
モンゴル
中央アジア
その他乾燥帯地域
0%100%0%0%
中国・イスラムの
温帯寒帯地域
44%56%0%0%
日本・西欧40%60%0%0%
インド32%68%0%0%
東欧36%64%0%0%

COM国家は、食糧収入さえプラスであれば、金銭収入が赤字になっても住民配分を変更しません。食糧は山のように入ってきますが、それを売却することもないようです。


説明が長くなりましたが、これがイタリアに侵攻した訳です。ラッキーなことに、このとき我が軍で生成された架空将軍・クスブバートが戦闘A・指揮Bという高スペック。これからの戦いに役立ちそうです。


玉突き国盗り…ならず

イタリアの内政が済み、次はバルカンを目指します。両シチリアが小アジアのビザンツを滅ぼし、またもや玉突き式に落とせるかと思っていたんですが、ハンガリーとキエフ公国の横槍で目論見はハズレ。どこも考える事は同じか…

ただ、バルカンも、その次の小アジアも兵を消耗したようで、第1軍団をぐるりと取り囲んで「降伏勧告」が通用したことは運が良かったです。88年冬に念願の小アジア入り。


1188年〜1192年、モンゴル高原へ

今のところ兵を失わずに来れたので拍子抜けです。それでも慎重を期すため、ここで20部隊とはおさらば。軽弓騎兵を7部隊徴兵し、訓練し、武具を買い与えました。1年半ほどを費やし、ようやくキプチャクに侵攻します。

【1190年夏・vsホラズム帝国(領国) キプチャクの戦い】
 攻勢(7部隊)守勢(7部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)軽弓3アブドホーソキ(領)軽弓3、突撃1
クスブバート軽弓4ザニマム突撃1、短弓2
1190年夏・キプチャク説明図

COM第2軍団が伏兵をしていたので、伏兵返し。あらかじめ城の南にクスブバートを潜ませておいて、ハインリヒが釣り出す。


キプチャクを攻め落としました。本国に方針指示を出しておいて、急いで次のジュンガリアに侵攻。

【1190年秋・vsモンゴル帝国(本国) ジュンガリアの戦い】
 攻勢(7部隊)守勢(4部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)軽弓3チンギス・ハーン(王)蒙古4
クスブバート軽弓4 

既に第1国は金のものなので、チンギス・ムカリ両名の保護に成功!敵に殺される前でよかった。クスブバートは慰労の意味をこめてキプチャクの領主に任ずる(すぐに攻め取られる運命だけど…)。

その、金のものになっているモンゴル高原を翌ターンに侵攻。2部隊しか駐留してなかったので戦闘なく終わった。いよいよ待望の蒙古騎兵。


91年春、さっそく蒙古騎兵を徴兵。軽弓騎兵解雇…した矢先に遼東から金が襲来。さっきのお返しかよ…

【1191年春・vs モンゴル高原防衛戦】
 守勢(7部隊)攻勢(10部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)蒙古3ゾヒヌダイ(政)槍騎4
チンギス・ハーン蒙古4朱健広投石3、軽歩1
 金文広投石2

3軍団もやってきて何事かと思ったら、そのうちの半分が投石器での構成。練度も装備も足りなくても、十分撃破できる範囲。

きっとこれで遼東はボロボロ。安心して訓練にはげもう…と思っていたら、遼東を鎌倉幕府が奪取。返す刀でモンゴルに向かってきた!

【1191年冬・vs鎌倉幕府 モンゴル高原防衛戦】
 守勢(7部隊)攻勢(8部隊)
軍団将軍名戦闘指揮編成将軍名戦闘指揮編成
ハインリヒ6世(王)蒙古3源 頼朝(王)武士4
チンギス・ハーン蒙古4陳健惇武士4

ウダウダしていると、陳健惇がハインリヒに特攻!懸命に防戦し武士3部隊を撃破するも、せっかく鍛えつつあった蒙古騎兵2部隊を削ってしまう大失態。後の始末をチンギスに任せ、悔しさを頼朝の処刑にぶつける。

ピンチはあったものの、翌1192年秋には訓練100・装備100の蒙古騎兵7部隊を揃えることができました。

ゲーム開始から7年。ようやく始まる世界制覇への道。草原の民族を率い、ヨーロッパに凱旋するのはいつの日か。

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